戦国の知将、蒲生氏郷(がもううじさと)が天正十六年(1588年)に完成させた平山城が現在の松阪城です。しかし、氏郷は、小田原合戦の功により天正十八年に、会津四十二万石の太守になったため、氏郷の城主時代は短かく終わりました。
その後、服部、古田の城主時代を経て、元和5年(1619)紀州徳川家の祖、徳川頼宣(とくがわよりのぶ)の領地となり、以後、松阪には紀州藩松阪城代がおかれました。
|
 |
 |
| 裏門跡あたりです。 |
 |
 |
| このあたりに、天守閣があったそうです。 |
 |
 |
| このあたりが、本丸跡 |
 |
 |
| 月見櫓跡には、梶井基次郎の文学碑があります。松阪市街が広がっています。 |
 |
| 本居宣長記念館と宣長旧宅への入り口です。 |
|