2006年8月23日
京都霊山護国神社

2006年8月23日
京都霊山護国神社

明治元年、明治天皇の御沙汰書により、維新の志士たちを慰霊する霊山官祭招魂社として創立された、京都霊山護国神社。坂本龍馬のお墓もここにあります。昭和には、京都府出身の戦没者も祀るようになりました。




駐車場から維新の道を上って護国神社へ向かいます。


護国神社の入り口に到着です。


境内には戦争で犠牲になった兵士の慰霊碑があります。


拝殿です。




ビルマで戦争の犠牲になった兵士の慰霊碑がありました。


幕末の志士たちのお墓へは、このゲートを通って石段を上って行きます。


最初は軽快に石段を上ることちゃん。 後に石段で脛を擦りむき、軽く負傷・・・(苦笑)


桂小五郎(木戸孝允)勅撰碑です。


桂小五郎(木戸孝允)・幾松のお墓へは更に石段を上って行きます。


桂小五郎(木戸孝允)のお墓です。 桂小五郎の妻・幾松のお墓です。
京都には島原や祇園など、多くの遊里があり、志士たちと芸妓たちとの間で多くの恋が生まれました。
その代表的なものが桂小五郎と幾松です。
幕吏に追われていた小五郎をかくまったところから恋が芽ばえ、2人は夫婦となり維新を迎えました。


安政の大獄に連座した梅田雲浜の碑です。 禁門の変(蛤御門の戦い)で
犠牲になった志士たちの慰霊碑です。


天誅組総裁・土佐藩吉村寅太郎のお墓です。


志士たちのお墓は高い所にあるので、京都市街が見渡せます。


坂本龍馬と中岡慎太郎のお墓です。


左が坂本龍馬、右が中岡慎太郎のお墓です。 傍には2人の銅像があります。


長州藩の鬼才、高杉晋作


下りる時は擦りむかないように、慎重に下りました・・・


護国神社のすぐ側には、幕末維新ミュージアム・霊山歴史館があります。館内は撮影禁止です。


帰り道の坂を下って行くと、左手に翠紅館跡があります。
ここに幕末の頃、西本願寺の別邸で、翠紅館と呼ばれる屋敷があり、
度々志士たちの会合の場所となっていました。