2008年8月20日
文子天満宮

2008年8月20日
文子天満宮

北野天満宮の前進神社

文子天満宮の御祭神は菅原道真公です。
多治比文子(たじひあやこ)は道真公の乳母を務めておりました。

道真公が冤罪により九州の大宰府へ左遷され亡くなった後
京の都には異変や災いが続き、人々はこれらを道真公の祟りだと恐れました。
文子は自宅の庭に小さな祠をもうけ、道真公を拝んでおりましたが
天神となった道真公が、現在の北野天満宮の地に奉って欲しいと
文子に宣託したことから「北野天満宮の前身神社」とされています。





文子天満宮は、「天神信仰発祥の神社」と言われています。

 天神とは雷神のことで、道真公の亡き後に
 起こった災いの京都御所の清涼殿落雷事件で
 生き残った者たちが、雷雲に乗った道真公が見えたと
 伝えた事から、天神様として道真公が奉られました。
 


白滝神社




  文子像は、全国のあやこさん(漢字は問わず)からなる
  「全国文子会」の会員の皆さんで建立されました。
  私もあやこと言う名だったら、会員になりたかったです。


本殿


お参りの後、隙間から中をのぞくと
大きな岩をいくつも積み重ねた上に祠が建てられているが見えました。


菅原道真公が大宰府へ左遷される際、
文子に別れを告げるため、ここへ立ち寄り、腰掛けたと言われる石。
お賽銭で梅の模様が作られていました。

文子殿
この中で結婚式も出来るそうです。
文子像の横にある、祠には
子宝の神、植林林業の神、
福の神、火雷神が奉られています。


狛犬の安産お守りと、道真公が描かれた学業成就の絵馬。

災害が起こる度に、道真公の祟りと言われ
天神信仰は全国へ広がっていきましたが
災害の記憶の風化とともに、道真公が和歌や書に秀でていたことから
学問の神様として人々に信仰されるようになりました。


丑年生まれの道真公は生前、牛をとても
可愛がっていたので、死後も「天神様の使い」として
牛の石造や銅像は、天神信仰の神社では
よく鎮座しています。
文子天満宮にも、ちゃんと牛さんがおりました。